すべての人が自分らしく輝ける場所を目指して

わたしが入った頃の海賊

海賊は、父親が脱サラをして始めたお店です。

開店当時は、何を飲み食いしても全品250円という低価格と、炉端焼きという業態が珍しくて大変に繁盛したそうです。

開店資金で借りたお金もすぐに返済して、神田にも海賊を出店して、錦糸町にマンションを買い、千葉に別荘と墓地を買い、子供2人を私立の学校に通わせる事が出来るほど繁盛していました。

当時の父親は、従業員とのコミュニケーションも、大切にしていました。

バスを借りて海に行ったり、ボーリング大会を開催していたのを子供心に覚えています。

父親も若く、母親と2人で、海賊の経営に燃えていたのでしょう。

この頃の海賊は、勢いのある良い店だったのだと思います。

そして月日は流れます。

わたしが入った頃の海賊は、あまり良いお店ではなかったように思います。

単価が安くて、古くからやっている炉端焼き屋というだけで、特徴のない居酒屋といった感じでしょうか。

悪い意味での、特徴はたくさんありました。

店長は仕事中に飲酒をして、ひどい時は営業中に寝てしまっていました。

ホールにいるアルバイトは、日本語が出来ない外国人ばかりでした。

陰では「日本語が通じないお店」とお客さんに噂されていたそうです。

社長である父親は、毎日お店には出ていましたが、自分の友達が来ると一緒に酒を飲んでいました。

過去の評判と、立地に助けられているだけのお店でした。

肌の荒れた、すさんだ雰囲気のあるお店だったように思います。

そこに入社したわたしといえば。

決して褒められたものではありません。

もともと海賊を継ぐつもりなんか全くなく、高校を出て写真の専門学校に通い、専門学校を卒業してからはアーティスト気取りでフラフラしていました。

それでは食っていけないと言う事で、カメラマンのアシスタントをやり始めます。

写真業界に入っものの、カメラマンとして独り立ちして、写真業界で食っていこうなんて気概もありませんでした。

なんとなく写真の仕事が面倒になって、海賊に入れてもらったとういう感じです。

他所のお店で働いた事も無く、居酒屋ってこんな物かと、当時の海賊の状況を、特に疑問も持たずに、従業員として毎日働いていました。

父親の入院

父親が突然長期で入院することになりました。

実質的にわたしが社長をすることになってしまいました。

父親から会社の通帳と印鑑を渡されて、父親のやっていた仕事をやる事になりました。

毎日の接客の仕事の他に、築地に仕入れに行ったり、家賃や給料を支払ったりする仕事です。

会社の通帳を預かって支払いをするようになって、初めて会社の状況を知りました。

「会社にお金が全然無い!」

まさに日銭商売の自転車操業といった感じでした。

しかし、知らぬが仏とはよくいったものです。

今なら怖くて怖くて身震いするような財務状況でしたが、他の会社を知らないし、経営に関する知識もなかったので、大変な状況である事がわかりませんでした。

ただ現実問題として、支払いが大変なだけでした。

会計の知識は無かったけど、現状として大変だから「このままではいかん!」と思うようになっていきます。

思ったはいいけど、他所の会社のやり方も知らない、経営者仲間などもいないくて相談する相手もいない、経営の勉強もしていない。

そもそも居酒屋経営に、勉強なんて必要ないと思っていましたし。

何とかしたいけど、何をしていいか全くわかりませんでした。

その上、従業員との関係性も良くありませんでした。

父親が雇った従業員達です。

いきなりわたしのような人間が入ってきて、社長の息子だからという理由だけで、いつの間にか社長面して色々と言い始めたのです。

従業員達は、面白いはずがありません。

わたしは、そんな事すら気が付かず「あいつらは全く協力してくれない。やる気があるのか!」とイライラしていました。

とにかく「なんとかしなくては!」という思いだけはあるものの、どうしていいかわからない、、。誰かに相談する事も出来ない。

出来るのは、ただ決まった仕事を毎日こなすだけ。

そんな悶々とした日々を送っていました。

錦糸町に半蔵門線が通る

そんな中、錦糸町に再開発の波がやってきました。

半蔵門線が錦糸町に乗り入れるというのです。

その時のわたしの気持ちは「変化するの嫌だな」でした。

不思議なもので「なんとかしなくては」と思っているという事は「変化しなくては」という事なのに、わたしは変化したくなかったのです。

今は社員のみんなに「変化しろ変化しろ」と言っているのに、当時のわたしは変化するのがとても怖い人間でした。

海賊をなんとかする為には、変化しなくてはいけないのに、変化は嫌だという。

ただただ現状維持が良いと思っていました。

現状維持は衰退です。

「なんとかしなくては」と思いながら、なんにもしないのが現状維持です。

そりゃ、売上も下がっていくというものです。

そして半蔵門線がやってきました。

半蔵門線が通った結果人口が爆発的に増えました。

それと同時にお客さんも爆発的に増えました。

従来の錦糸町は、ヤクザが多い怖い街といったイメージです。

その錦糸町に地下鉄が通って、少し健全なイメージの街となり爆発的に人口が増えました。

人口が増えるのと比例して、海賊の売上も爆発的に伸びました。

ほんとに爆発的にです。

錦糸町には、個人がやっている小さなお店と、一昔前のチェーン店くらいしかなかったように記憶しています。

お店の数も少なかったように思います。

そんな状況の錦糸町に、大量の人が流れ込んだのです。

そりゃ、売上が上がるのも当然です。

当時は、開店と同時に閉店までひっきりなしにお客が入ってきました。

席があけば直ぐに次のお客が入ってくる。

そんな状態でした。

その頃のわたしは、お客をお客さんと思っていませんでした。

何とも思っていませんでした。

ただ機械的に、次々と捌くものだと思っていたように思います。

「お客に喜んでいただく?何それ?」ってなものです。

お客さんどころか「席に座らせてやっている」くらいに思っていました。

お客が席に着いた瞬間から「早く帰らないかな」と思っていました。

何故なら、いまのお客が帰って席が空けば、次のお客を入れる事が出来るからです。

こうして売上はどんどん上がっていきました。

同時に「この状態は俺が努力したおかげなのだ!」とわたしは勘違いをしていったのです。

もうこの頃のわたしは天狗になっていました。

「俺のやり方で間違ってないんだ」「俺って天才!」てなもんでした。

おう、、、。

書いていて嫌な気持ちになってきました。

今までの陰鬱な気持ちなんかどこ吹く風です。

なんという馬鹿者なのでしょう。

その頃の自分に向かってハッキリと言いたい。

「おまえアホか」と。

ライバル店の進出

駅前に飲食ビルが建ち、個性的で魅力的なお店が次々と進出してきました。

北口にもライバル店が次々と出店していきます。

そうなれば、当然お客さんは分散します。

魅力がない店には、お客さんは来てくれません。

当然のことですね。

海賊の売上が再び落ちていきます。

お客さんから「海賊は魅力のない店だ」と宣告されたのです。

そして海賊は徐々に暇な店へと戻っていきました。

ここで振り出しに戻ります。

なんとかしないと。

でもどうしていいかわからない。

そんな風に思い悩んでいるうちにも、どんどん売上は落ちていきます。

とにかく「なんとかしないと!」です。

経営塾に参加

とうとう本格的にやばくなってきました。

焦ったわたしは、ネットで情報収集を始めます。

その時に、ある本に出会いました。

その本を読んだのをキッカケに、経営塾に参加することにしました。

昨日まで「居酒屋のオヤジが経営の勉強なんかする必要ない」と思っていたのに経営塾に参加するなんて、すごく勇気のいる事でした。

しかもかなりの高額講座でした。

なけなしの、個人定期預金を崩して講座代をまかないました。

それほど切羽詰まっていたのです。

そして参加した経営塾。

経営塾では、今まで見た事も聞いた事もない、講義が進んでいきます。

経営の勉強など、全くしていなかったわたしには、とても刺激的でした。

「世の中の経営者はこんな勉強をしているのか」

「経営ってこんなに色々と考えなくてはいけないのか」

「これぞ経営の王道」

あまりに衝撃的で、その経営塾にすっかりと傾倒してしまいました。

社員から「社長は宗教にはまってしまった」と言われました。

でも当時のわたしはそんな事言われてもお構いなしです。

わからないお前らが間違っているのだと思っていました。

そしてわたしは経営塾で習った事を、次々に海賊に導入していきました。

次々に導入していったはいいけど、期待通りの成果が出ません。

当時は、成果が出ない理由を「社員が俺の言う事を聞いてくれない!」と社員のせいにしていました。

これまたわたしはアホですね。

上手くいかなかったのは自分が原因だったのです。

わたしは自分の考えを社員に強制しようとしていたのです。

社員を「人扱い」していませんでした。

駒のように思って、わたしの思い通りにコントロールしようとしていただけでした。

完全な自己満足ですね。

そんな事で、人がわたしの言う事に耳を傾けてくれる訳がありません。

人の悪いところばかりみて、怒ってばかり。

「お前らが悪い!」と心の中で怒鳴り散らしていました。

最低な社長で、嫌な人間でした。

売上の増加

経営塾に参加して、上手くいった事もあります。

他所の社長さん達と話しをする事で、アイディアを貰う事もありました。

アイディアの中に、原価メニューを提供するというのがありました。

それを会員カードと組み合わせて、上位会員になると原価メニューが注文できるという仕組みを作りました。

その仕組みがヒットして、売上がだんだんと増加していきます。

売上の増加に比例するように、お店の雰囲気も良くなってきて、良い循環に入ったと思いました。

しかし「これで一安心」とはならなかったのです。

売上が上がって海賊が安定してきたのに、今度はわたし自信が、全く嬉しくないし楽しくないのです。

達成感も全く持てません。

達成感が持てないどころか「もっとなんとかしないと」「もっとちゃんとしないと」もっともっとという焦燥感に、常にかられていました。

生きているのがツラくなって、この世から消えてしまいたいと思うようになりました。

「なんとかしないと」といいう焦燥感は、ズッーと持っていましたが、それは海賊が安定すれば落ち着くと思っていました。

ところが落ち着くどころか「もっと売上を上げないとダメになる」と思い、ドンドン酷くなっていきます。

とにかくツライ、何をやっても自分に自信が持てない。

これはどういう事なんだろう、どうしたら自分に自身が持てて、この焦燥感が消えるのだろうかと思い悩むようになっていきました。

今度は、人生に行き詰まってしまいました。

心を学ぶようになる

苦しくて苦しくてしょうがない、この気持ちをなんとかしたくて、自己啓発本を読んだり、セミナーに参加したりするようになります。

たくさんのことを学ぶ中で、この生きづらさは、自分の心のあり方が問題なんではないかと思うようになります。

そして心の勉強を始める事にしました。

心を学ぶ事でたくさんの発見がありました。

その中に、わたしが社員を強制しようとしていた理由も発見しました。

人はそれぞれ価値観を持っています。

人それぞれの価値観で世界を見て、それぞれの価値観で行動しています。

その価値観を人には変える事が出来ません。

なのにわたしは、人の価値観を無理矢理変えようとしていました。

社員に「今のお前達ではダメだから、俺と同じように考えろ」と強制していたのです。

その行為は、人格を否定するのと同じです。

わたしは、従業員達の人格を否定して経営していたのです。

従業員の良いところや、個性を見ようとしないで、否定する社長。

なんと非道い社長なんでしょう。

自分達を否定する社長の言う事に、聞く耳なんか持つ訳がありません。

何故そんな非道い事をやっていたのでしょうか。

その原因は、自己評価がすっごく低くて「こんな自分ではダメだ」という思いが、わたしの潜在意識の中にあったからです。

自分はダメな人間である、だから自分は変わらなくてはいけない。

でも価値観なんて、そうそう変わるものではありません。

社員の人格を否定して変われ変われと言っていた事を、自分にもやっていたのです。

自分自身を否定していたのです。

「なんで俺は俺のいう事を聞かないのだ!」と自分で自分に怒って、上手くいかないと悩んでいたのです。

人にやっていた事を、自分にもやっていたのです。

いや自分で自分にやっていた事を、他人にもやっていたですね。

自己評価が低くて、「自分はダメに人間だから、自分以外の何者かにならないらといけないのだ」こんな風に思い込んでいました。

自分以外の何者にもなれないのに、自分以外になろうとしていたのです。

これが生きづらさの原因の一つだったのです。

全ては自分だったのです。

まずは自分を認めてあげて、自分を大切にする。

自分らしさを取り戻す事で、他人を大切にする事が出来ます。

そして、自分を大切にしてあげないと、自分のやりたい事に気が付くことが出来ません。

人生と経営に行き詰まってしまったのは、自己否定の低さが問題だったのです。

そんな仕組みを学び、強制の経営から、個人の考えを大切にするへ、立ち位置を変えていきました。

コロナウイルスの大流行

新型コロナウイルスというウイルスが大流行しました。

政府からは緊急事態宣言が出されて街から人が消えました。

映画の世界が現実に起きてしまったのです。

当初、わたしは店を閉めるのがとっても嫌でした。

社長としてお店を閉めるなんて想像出来なかったのです。

お店を閉めてしまうという事は、売上がないと言う事です。

売上がない→給料出せない→家賃払えない→社員辞める→お店潰れる→わたし収入無し→一家離散→野垂れ死に。

この図式が瞬時に思い浮かんで、死んでしまいたいような気分になってしまうのです。

こんな考えがわたしの潜在意識に刷り込まれています。

刷り込まれているのを知る前は、ちょっと売上が悪いだけで死にたくなる程苦しくなっていました。

現実は、ここにいくまでに沢山の手を打つはずなので、こんな事にまでは中々ならないのに。

知ったいまでも、気をつけていないと直ぐにこの考えに支配されてしまいます。

今回は、見事にハマってしまいました。

見事にハマり、社員のみんなに、テイクアウトをやりたいとか色々と提案をしました。

みんなは、感染が怖いと思いながらも、協力してくれようとしてくれました。

テイクアウトの準備を進めながら、時間短縮をして営業をしている最中に、わたしはフッと思ったのです。

普段社員を大切にすると言っている。

その社員がコロナウイルス感染が怖いとも思っている。

普段口では社員を大切にすると言っておきながら、何故にわたしは会社の事、自分の事を一番に考えているのだろう。

言動が一致していない。

これはおかしい事である。

ならば社員の安心と安全を守るために、店を閉めるべきだと思いました。

そしてお店を臨時休業することにしました。

決心したはいいけど、臨時休業してから、地獄のような苦しみが待っていました。

正体がわからない敵と戦っている気分でした。

そして、毎日なにかやっていないと、不安で不安でしょうがないのです。

あれやこれやと、色んな事に手を出します。

どれも思うように進みません。

頭ばかりがグルグル回って何も前に進まないのです。

眠りも浅くなり酒量も増えました。

そして世間に対して怒りまくっていました。

「何でサラリーマンは普通に仕事をしているのだ」「何であの店は普通に営業しているのだ」「何で政府は自粛しろといいながらお金を補償しないのだ」「何で夜の街が危ないとか言って敵視するのだ」

「俺だけが被害者だ!」と怒り狂っていました。

たぶん怒ることで、不安感から逃れて、現実逃避をしていたのだと思います。

怒りのピークが下がると、今度は激しく落ち込みました。

まったくやる気が出ません。

朝起きる事が出来なくなり、毎日昼まで布団の中でゴロゴロしていました。

いつでも自分で自分を責めていました。

どうして俺はこんなにダメなのだと。

とっても苦しい時期でした。

この時期が過ぎて、少しだけ冷静に考える事が出来るようになってきました。

落ち込んでもしょうがない、コロナが無い世界には戻ることは出来ないのだから。

これからの世界をどう生きていくのかを考えた方がいい。

徐々に、考えが前向きになってきました。

コロナ渦で気がついた事

わたしが落ち着きを取り戻してきたタイミングで、営業再開が出来るようになりました。

緊急事態宣言が解除されて、営業再開が出来た時はとっても嬉しかった。

売上があるということより、お客さんがカウンターに座って、従業員が働いている姿が見れて嬉しかったです。

そこからわたしは色々と考えました。

「わたしは結局なにをやりたいのだろう」

「なんの為にお店をやっているのだろう」

「いままでこんなに苦しんできたのは何のためだったんだろう」

こんな事を深く考えるようになりました。

そんな事を考えているタイミングで、古田土会計事務所主催の経営計画作成合宿に参加して計画を作りました。

経営計画を作るにあたり、気がついた事があります。

わたしは今まで、経営者たるもの利益を最大限にして、稼げるだけ稼ぐのが仕事だと思っていました。

売上を伸ばして、会社を拡大して、社員数を大きくしていくのが「善」である、良い事であると思っていました。

そりゃそうなんですが、じゃあ今まで自分がなにをしてきたか。

そんな事をしてきませんでした。

飲食店経営者として、店舗を出店するとか全然魅力がないし、やってきませんでした。

では他になにか、やりたい仕事があるかというと、そんな物もない。

何かを、やるべきとは思っていても、やる気が出ない。

そんな自分を責めていましたが、よく考えてみれば、ただ単にやりたく無かったのだと思います。

経営塾に行っていた時には、わたしは従業員のみんなを自分が思った通りにコントロールしようとしていました。

でもそれは上手くいかなかったし、全然楽しくなかった。

海賊の売上が上がっても達成感がなかった。

それは自分がやりたい事ではなかったから、楽しくないし達成感がなかったのです。

ほんとうは何がやりたいのかは、自分の中にすでにあったのです。

自己評価の低さが、わたしのやりたいを覆い隠していたのです。

どうやらわたしは、会社を拡大するのが目的ではなかったようです。

わたしが何をやりたいのか?

それは、まだハッキリとはわかっていませんが、少なくとも今まで「やらねば」と思っていた事ではなさそうです。

海賊の挑戦

「夏休みとして、お店を1ヶ月休む」

これが今期からの目標とし、ここから計画を立てました。

経営計画書を作って7冊目になりますが、初めて楽しいと思いながら作れた計画です。

この計画は、労働時間の短縮と、生産性の向上というテーマから作られています。

労働時間の短縮と、生産性の向上は裏と表のような関係です。

生産性を上げれば、短い時間で同じだけ稼ぐ事が出来ます。その分労働時間を短くする事が出来ます。

すなわち労働時間を短くする為には、生産性を上げなくてはいけないのです。

以前から、労働時間をなんとか減らせないか、休みを増やせないかと悩んでいました。

その為には、生産性を上げなくてはいけない。

それはわかっていました。

しかしコロナ前は、海賊の構造を変えずに、生産性をなんとか上げる事が出来ないかと考えていました。

例えば、環境整備をする事や、社員教育をして付加価値を高めて、より粗利を稼ぐ事が出来るのではないかと思っていました。

しかし、わたしは間違っていました。

そんな事では、わたし達みたいな小さなお店は変わりません。

そりゃ、ほんの少しくらい変わるかもしれません。

でも休みが増える程は変わりません。

休みが増える程の変化は、構造自体を変える必要があったのです。

理屈ではわかっていましたが、実感としてわかっていませんでした。

そしてそこに手をつけたり、考えたりする事から逃げていました。

何故なら、折角上手く行っているのに、それを変化させるのが怖かったからです。

しかしコロナによって、海賊とわたしの思考は、強制的に変化させられました。

その結果、大胆な構造改革に取り組む発想が生まれました。

いままで怖くて出来なかった事に、挑戦する気になったのです。

わたしが悩んでいた事

社員の労働環境を良くしたいと、ズッーと思っていました。

労働時間を短くして、休みもたくさん取れるようにしたい。

でも、どうしていいかわかりませんでした。

年中無休というスタイルで、休みを増やすためには人数が必要です。

でもこれ以上人を増やすのは、人件費などを考えると現実的に無理です。

それなら定休日を作ったらどうか。

これも、現在の利益構造を変えずに定休日を作ったら、ただ単に営業日数が減るだけなので、売上が落ちてしまい、今度は現在の従業員を支える事が出来ません。

毎年、長期休暇と称して5連休をとってもらっていましたが、誰かの連休中はどうしても他の人に負担がかかってしまいます。

特に厨房は、誰かが連休している期間、誰かが13連勤しないと回りません。

13連勤という負担をかけるのが、申し訳なくて嫌で嫌でしかたありませんでした。

とにかく休みを増やそうとすると、誰かの負担になってしまいます。

その穴埋めをするための増員も出来ない。

休みを増やした結果として、売上が落ちたり、お客さんへのサービスが手薄になったりしては、何の工夫もないし意味もありません。

ただ単に、生産性が落ちただけという事になってしまいます。

それでも、何とか休みを増やす事が出来ないのかと、ズッーと考えていました。

客単価を上げたいと思っていました。

客単価を上げて、粗利額を稼ぎたいと思っていました。

利益は、粗利から固定費を引いたものです。

粗利額が上がっても、固定費はそんなに変わらないので、結果として利益額が上がります。

これはすなわち、生産性が上がったという事です。

がしかし、具体的な打開策が見つかっていませんでした。(これも見つからないのではなくて、現状を変えるのから逃げていたのですが)

同じ商品を、ただ単に値上げしたらクレームになります。

料理をもう一品、飲み物をもう一杯といった方法で、客単価を上げようとしても、お客さんの胃袋には限度があります。

逆に押し売りになってしまうかもしれません。

それなら、どうしたものか。

もっと社員教育をして、従業員の付加価値を高めるしかないのかなぁ。

それが生産性を高めるという事なのかなぁ。

それも限界あるし、そもそも従業員にこれ以上負担をかける訳にもいかないよなぁ。

うーん。

と思っていました。

コロナによる強制変化

コロナによって海賊の営業方法が変わりました。

今までの海賊は、客数をたくさん入れて稼ぐ構造でした。

逆に言えば、たくさんのお客さんを入れないと稼げないという事です。

でもコロナの影響で席は間引いてしまい、今までのように、お客さんをたくさん入れる事が出来なくなってしまいました。

しかし、その結果として客単価が上がりました。

コロナ前は1日の平均客単価は3,800円くらいでした。

それが営業を再開してみたら、1日の平均客単価が5,000円に迫る日が、何日か出るようになりました。

その理由をみんなに聞いたら、常連さんが多く来てくれている。

客数が少なくユックリ出来るから、全体的に滞在時間が長くなっているなどを教えてくれました。

そこから、

1、元々の海賊の常連さんは単価が高い。

2、滞在時間が長くなって、ゆっくり出来ると単価が上がる。

この二点がわかりました。

こんな発見から思いついた!

「コロナによって社会の流れが完全に変わってしまった。これからは、以前に比べてより一層、付加価値があるお店した残れないだろう、価格でいえば極端に二極化するだろう。価格に関しては、大手企業には絶対に敵わない。それならば居酒屋の価格帯における高単価に入ろう。それをすれば、客数を追わなくなるので日々の営業も楽になる。営業時間も短くて済むので労働時間も短く出来る。そうだそうしよう!」

コロナ前の海賊では、ここまで思い切った事が出来ませんでした。

いや無理だと思っていました。

でもいま現実としてコロナの影響で、今までとは世界が変わってしまいました。

ここで変化しなければ、海賊はまた過去のお店になってしまいます。

そんなのはわたしは嫌です!

折角の変化できるチャンスです。

元に戻りたいなんていう気持ちはキッパリと捨てて前に進んで行きたいのです。

こんな風に思えたのはコロナによって、無理矢理いままでの常識が壊されてしまったからです。

コロナに罹って重症化したり、亡くなった方に対しては不謹慎かもしれませんが、わたしはコロナによって前に進む気づきを貰えて感謝しました。

最後に

会社・海賊をわたしはどうしたいか。どうなっていきたいのか。

そこで働く人たちが「自分らしく輝ける場所」にしたいという目的を掲げました。

今までやった事がないことをやるのは怖いし、面倒かもしれません。

でも大丈夫です。

みんなには能力がありますから。

みんなで助けあってまだ見ぬ世界に行きましょう。

そしてこの世界を変えていきましょう。

海賊の挑戦!

「居酒屋の働き方を変えたい」

ろばた焼き海賊は

居酒屋の

働き方を変える挑戦をします。

居酒屋や飲食店は

立ち仕事で長時間労働で

休みも少ない。

居酒屋の労働環境をなんとかしたいと考えました。

そこで!海賊は来年(2021年)に

1ヶ月の長期休暇をとる計画を立てました。

是非とも、応援よろしくお願いします。

【応援方法】

①海賊に来店して下さい。

②海賊が気に入ったらチップをよろしくお願いします。

③下記のQRコードから投げ銭をしてください。 

ペイパルはこちら

・どちらもアカウントが必要になります。

・金額は自由に設定できます。